傘の生産事情:縫製はASEANへ、でも骨は中国?移転できない理由とは

近年、アパレルや雑貨業界において、製造拠点を中国以外にも分散させる「チャイナ・プラス・ワン」の動きが定着しています。私たちが専門とする「傘」の業界でも、この流れは同様です。かつては「世界の傘工場」と呼ばれた中国から、よりコストメリットのある東南アジア(ASEAN)、特にカンボジアなどへ生産拠点の移転が進んでいます。

 

しかし、ここで一つの疑問が生まれます。「生地を加工する工場は移転しているのに、傘の骨組み(フレーム)は依然として中国製が多いのはなぜか?」という点です。実は、傘骨の生産拠点を簡単に動かせない背景には、単なる技術やコストの問題だけでなく、地球規模の環境問題が深く関わっています。

 

今回は、一般の方にはあまり知られていない、傘づくりのサプライチェーンと「傘骨」が抱える事情について解説します。

進行する生産拠点の分散:縫製はASEAN、骨は中国

現在、多くの傘メーカーが生産体制の見直しを行っていますが、すべての工程がごっそりとASEANへ移動しているわけではありません。現状は、以下のような分業体制が主流となっています。

  • 生地の縫製加工・仕上げ: カンボジアなどのASEAN諸国へシフト

  • 傘骨(フレームの製造): 中国に残存

縫製・加工拠点のカンボジア移転

傘の生地を三角形に裁断し、縫い合わせ、骨に取り付ける「縫製」の工程は、人の手による作業が多くを占めます。そのため、人件費の高騰が続く中国から、比較的コストを抑えられるカンボジアやベトナムなどのASEAN諸国へ工場を移す動きが加速しています。

また、厳密には「縫製(ミシン作業)」ではありませんが、ビニール傘の生産も同様にカンボジアへの移転が進んでいます。ビニール傘は熱で圧着する加工などが中心ですが、これらも組み立てや仕上げに多くの人手を必要とするため、布製の傘と同じく中国からASEANへのシフトという大きな流れの中にあります。

傘骨は中国から輸出されている

一方で、傘の構造を支える「骨」に関しては、現在も中国での生産が圧倒的なシェアを占めています。 つまり、現在のASEAN製の傘の多くは、「中国で作られた骨をASEANへ輸入し、ASEANで生地を張り仕上げている」という製品なのです。

傘骨をASEANへ送る2つの方法

では、中国で作られた傘骨は、どのような形でASEANの工場へ運ばれているのでしょうか。これには大きく分けて2つのパターンがあります。

1. ユニットとして輸出する場合

中国の工場で、親骨や受骨、ろくろなどをすべて組み上げ、「傘の骨組み」として完成した状態(ユニット)でASEANへ輸出する方法です。ASEAN側では、届いた骨に生地を張り付ける作業が中心となります。

2. パーツとして輸出し、現地で組み立てる場合

もう一つは、骨の部品(パーツ)をバラバラの状態で輸出し、ASEANの工場で「骨の組み立て」から行う方法です。 これを見ると、「現地で組み立てができるなら、パーツの生産そのものもASEANでできないのか?」と思われるかもしれません。

実は、この「パーツ生産(金属加工)」こそが、拠点を移せない最大のハードルとなっているのです。

なぜ傘骨の生産そのものをASEANへ移せないのか?

「なぜASEANで傘骨を一から作らないのですか?」 これは業界関係者からもよく聞かれる質問ですが、結論から申し上げますと、「現状では難しく、当面の間は中国生産が続く」と考えられています。

その最大の理由は、表面加工に伴う環境問題です。

必須となる「めっき・アルマイト加工」

スチールやアルミで作られる傘骨には、錆(サビ)を防いだり、見た目を美しくしたりするために、必ず表面処理を施します。

  • スチール骨などへの「めっき加工」

  • アルミ骨への「アルマイト加工」

これらは金属を薬品のプールに浸して電気的・化学的な処理を行う工程です。

排水処理と環境インフラの格差

この表面加工の工程では、どうしても毒性のある化学物質を含んだ廃液が出ます。当然、そのまま自然界へ流すことはできません。現在の中国は、環境規制が非常に厳しくなっています。工場地帯には高度な排水処理施設が完備されており、毒性のある廃液を無害化して処理するシステムが整っています

 

一方で、カンボジアをはじめとするASEANの多くの国々では、まだこの「毒性のある産業廃棄物を安全に処理するインフラ」が十分ではありません。めっき工場を稼働させたくても、環境への負荷をクリアできる処理能力がないため、許可が下りない、あるいは設備投資が莫大になりすぎるという現実があります。

 

組み立て(アッセンブリー)はできても、化学処理を伴うパーツ製造ができない。これが、傘骨の生産が中国から離れられない大きな理由です。
※またカンボジアでは頻繁に停電があり、電力の安定供給がされていない側面もあります。

まとめ

傘の製造拠点の移り変わりを見ると、単なるコスト競争だけでなく、各国の環境対策やインフラ事情が見えてきます。

  • 縫製やビニール傘の加工は、人件費のメリットがあるASEANへ。

  • 傘骨は、環境処理設備が整っている中国で生産。

  • 表面加工(めっき等)の廃液処理ができるかどうかが、生産国を分ける決定的な要因。

今のところ、環境負荷を適切に管理しながら高品質なパーツを安定供給するには、中国での生産が不可欠です。

私たちAmvelは、こうしたグローバルな生産背景を深く理解した上で、品質管理と環境配慮のバランスが取れた最適なパートナー工場と連携し、製品開発を行っています。

 

手元の傘がどのような旅をしてきたのか、その背景にある技術や環境への取り組みにも想いを馳せていただければ幸いです。


<執筆者:辻野義宏> アンベル株式会社 CEO。30年以上に渡って傘の開発および研究を続けている。革新的な機能を追求し続ける日本の傘ブランド「AMVEL (アンベル) 」では、時代によって変化するベストを追求し、最先端の技術を駆使した傘をお届けしています。noteでも執筆中。